直江兼続(なおえかねつぐ) 1560-1619
安土桃山時代の武将。越後の戦国大名。上杉景勝の執政。23歳で山城守(やましろのかみ)を称し、越後の戦国大名上杉景勝(かげかつ)の執政として、検地総奉行(そうぶぎょう)、蔵入地(くらいりち)奉行のほか軍事面でも大きな手腕を振るった。1598年(慶長3)、上杉氏の会津移封の際は6万石(米沢(よねざわ)城主)の知行(ちぎょう)を与えられ、1601年(慶長6)、関ヶ原の戦いで減封となった米沢藩(30万石)上杉氏の執政としても藩政確立の総指揮にあたった。治政・軍事両面で知将として知られ、好学の武将として有名。漢詩を詠み、朝鮮出征を機に漢籍を収集し、直江版とよばれる出版事業をおこした。米沢には、学問所禅林寺を創建している。 |
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